なみのりすと

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学校教育なんてもういらない

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なんとなくですが最近「学校教育なんてもういらないんじゃないか」と思っています。

正確には「これまでの学校という義務教育システムは不要になる」といったほうがいいかもしれません。

 

 

「知識」はネットで得る時代

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学校教育で身に付ける必要がある「知識」については、すでにネットで得ることができるようになっています。

 

例えば「スタディサプリ」というオンライン学習サービスでは、月額980円(税抜)という低価格で小4~中3の授業動画が見放題です。

その授業動画は、予備校や塾ですでに指導実績のある「プロ中のプロ」によるもので、クオリティは保証されています。

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また僕は現在プログラミングの勉強をしていますが、「Progate」というオンライン学習サービスを利用しています。

こちらも月額 1,078円 (税込)で、HTML&CSSやJavaScript、Ruby、PHPなどプログラミングの基礎学習をオンラインで学び放題です。

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他にもプログラミングであれば、YouTubeで動画検索すれば多くのことを無料で学ぶことができますし、前回紹介した「中田敦彦のYouTube大学」など教育系の動画配信が今後も増えていくことが予想されます。

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この状況がさらに進むと、もはや「質」でも「量」でも学校教育はネットに勝つことができません。

 

文部科学省の「学校教育に関する主な提言事項」にこのような一文があります。

これからの義務教育は一人一人の能力・適性、興味・関心等に応じた柔軟な教育であることが求められる。

 

「画一的な学校教育システムの中で学ぶ」のと、「ネットで基礎教育から自分の好きなことまで学ぶ」のとでは、どちらが一人一人に応じた柔軟な教育ができるでしょう。

「質」でも「量」でも勝るネットのほうが、圧倒的に柔軟な教育が可能だと、僕は思います。

つまり「これまでの学校教育は不要」ということです。

 

学校でほんとうに正しい「社会性」を学べるか

学校で学ぶのは「知識」だけではありません。

先ほど引用した「学校教育に関する主な提言事項」にも

個人の特性の分化に応じて豊かな個性と社会性の発達を助長する

とあります。

 

つまり学校教育には、「集団生活のなかで社会性を学ぶ」という目的があります。 

しかし、ほんとうに正しい「社会性」をいまの学校教育で学ぶことができるのでしょうか。

 

学校がかかえる問題のひとつに「いじめ」があります。

先日、「教師のいじめ」も大きなニュースになりました。

 

集団生活の中では「合う人」「合わない人」がどうしても出てきます。

僕もそれが理由でいまの仕事を辞める決断をしました。

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学校も同じで「合う人」「合わない人」がいます。

「たまたま同じ地域の同じ年齢の人間の集団」でしかないのですから当然です。

そのような環境のなかで「みんな仲良く」と教えられます。

 

大人でも無理なことを子供にやらせようとして、はたして上手くいくでしょうか。

「みんな仲良く」ということは、反面「無理して周りに合わせる」ということでもあります。

 

「たまたま同じ地域の同じ年齢の人間の集団」のなかで「無理して周りに合わせる」というのが、ほんとうに正しい「社会性」の教育なのでしょうか。

 

学校でなくても「社会性」は育つ

僕は 、「社会性」は学校でなくても育つと思っています。

地域のボランティアや塾、スポーツクラブなどの習い事も一種のコミュニティです。

そういった学校以外のコミュニティでも、「社会性」を育てることができると僕は考えています。

 

目的が同一であれば、そこに地域や年齢は関係ありません。

むしろそういった環境のほうが、ほんとうの「社会性」を身に付けることができるような気がしませんか?

 

いまは学校という決められたコミュニティに所属するしか選択肢がありません。

しかし、たくさんあるコミュニティのどれに所属するかを個人個人が選択できるようになれば、その人の個性に合わせた「社会性」を育てることができるのではないでしょうか。

 

学校に残された役割

ただし、学校自体が不要になるとは僕も考えていません。

学校には以下のような役割が残ると思っています。

  1. オンライン学習のフォローアップ
  2. 地域文化の教育、地域貢献の場
  3. 運動機会の提供

 

1.オンライン学習のフォローアップ

すべての学習をオンラインに切り替えた場合、「貧しくて学習環境を整えられない子」や「学習進捗の遅い子」、「学校教育に関心のない家庭の子」の学力低下が懸念されます。

そのため「学習環境の提供」や「学習進捗を管理」をする役割として、学校が必要になるでしょう。

その場合の先生は、従来の授業を教える「教師」ではなく、オンライン学習をサポートする「メンター」や「カウンセラー」としての立ち位置が求められると考えられます。

 

2.地域文化の教育、地域貢献の場

その地域特有の文化については、オンラインで学習することができないので学校での教育が必要です。

また、地域のお祭りやイベントへの参加、地域ボランティアなどの「地域貢献へつなぐ場」としての役割は残るのではないでしょうか。

 

3.運動機会の提供

運動、特に集団で行うスポーツについてもオンラインではできません。

ただし「スポーツ系コミュニティへの参加」を必須とすれば、必ずしも学校で行う必要はないかもしれません。

 

 学校のあり方が変わる

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「学校教育なんてもういらない」と題しましたが、学校自体は残ると考えられます。

しかし、その「あり方」は今後おおきく変化するでしょう。

 

「学校教育に関する主な提言事項」にも、このような一文があります。

なお、義務教育については、一律の就学強制ということ自体について疑義が出され、場合によっては就学を強制しないなどもっと柔軟なものにしたらどうかとの意見や、情報化社会の進展、生涯教育の普及などによって学習の機会や方法が多様にかつ豊富に用意されていく状況からみて、義務教育の役割を縮小すべきではないかという意見がある。しかし、この点については義務教育制度の本質にかかわる問題があるので、慎重に検討する必要がある。

 

学ぶ手段はネットの普及によって今後も爆発的に増えていきます。

それを学校教育にどう活かしていくのか、変化が問われているのではないでしょうか。